第1章:代官山での「指名買い」
ことの発端は、大学時代からの腐れ縁、マリエのインスタ投稿だった。 『Babyとのお散歩デビュー♡』 写真の中で、彼女はオランダの最高級ベビーカー**「Bugaboo Fox 5」**を押して、優雅に微笑んでいた。
(……先を越された) 私の中で、何かが切れる音がした。 マリエには負けたくない。仕事も、結婚相手のスペックも、そして育児のキラキラ度でも。 私はその週末、夫の反対を押し切って代官山のインポートベビー用品店へ向かった。 「日本の道なら国産のほうがいいんじゃない?」という夫の声を遮り、私は宣言した。 「何言ってるの。これくらいのステータスがないと、恵比寿じゃ歩けないのよ」
店内には、煌びやかな海外製ベビーカーが並ぶ。 私は迷わず、マリエと同じフォックス5を指名した。 オプション込みで20万円オーバー。 痛い出費だったが、これはマリエに勝つための、そして私が「恵比寿のママ」として認められるための「必要経費」だと思った。
第2章:重すぎる「鎧」
しかし、現実はインスタのように甘くなかった。 真夏の恵比寿。 10kg超えのフォックス5は、熱せられた鉄塊のように重く、私の体力を削り取っていく。 キャノピーの中は熱がこもり、息子は汗だくだ。 エアラブ(ファンシート)をつけ、ハンディファンを回し、私は汗でメイクをドロドロにしながら坂道を登る。
(なんで……マリエはあんなに涼しい顔をしてたの?) インスタの彼女は、いつも優雅だ。 私がこんなに必死なのは、まだ使いこなせていないから? 「重い……暑い……」 優越感を感じるはずの散歩が、いつしか苦行に変わっていた。
第3章:代官山での「答え合わせ」
数ヶ月後、マリエと久しぶりに代官山でランチをすることになった。 私は気合を入れた。 完璧にメイクを直し、汗だくになりながらフォックス5を押して待ち合わせ場所へ。 「見てよマリエ、私も買ったの」 そう言ってマウントを取り返すために。
しかし、現れたマリエを見て、私は言葉を失った。 彼女が押していたのは、フォックスではなかった。 華奢で、シンプルな、国産の**「ピジョン ランフィ」**だったのだ。
「あれ? マリエ、バガブーは?」 私が呆然と聞くと、彼女はケラケラ笑って答えた。 「ああ、あれ? あれはレンタルよ。 最初の1ヶ月だけ借りてみたの」
第4章:賢い女と、愚かな私
「え……レンタル?」 「うん。だって重いしデカいじゃん。写真撮るには映えるけど、東京で普段使いするのは無理だよ〜。暑いし」 彼女は悪びれもなく続けた。 「だから、レンタル期間が終わったら速攻でこれ買ったの。やっぱり日本の夏は、国産のメッシュに限るよ。軽いし、涼しいし、最高!」
頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。 彼女は「撮影用」と割り切って、賢くレンタルで済ませていた。 対して私は、その虚像に踊らされ、夫の反対を押し切って代官山のショップで20万円も払い、毎日汗だくになって「重い鎧」を運び続けていたのだ。
彼女のランフィの中で、赤ちゃんは涼しそうに寝ている。 私のフォックスの中では、息子が汗だくでファンに吹かれている。 (負けた……) ベビーカーのグレードでは勝っていたつもりだった。 でも、**「母親としての賢さ」**で、私は完膚なきまでに負けていたのだ。
第5章:敗北のち、解放
その日の夜。私は夫に頭を下げた。 「ごめんなさい。バガブー、売ります」 夫は何も言わず、「いい勉強代だったね」とだけ言ってくれた。
フォックス5はリセールバリューが高かったのが唯一の救いだった。 そして私は、マリエと同じ**「ピジョン ランフィ」**に買い替えた。 代官山のセレクトショップではなく、ネット通販でひっそりとポチった。 惨めだった。真似したと思われるのも悔しかった。 でも、もう限界だった。
新しいランフィで、恐る恐る街に出る。 「……え?」 拍子抜けするほど、軽かった。 そして何より驚いたのが、**「音」**だ。 国産はガラガラうるさいと思っていたのに、このシングルタイヤは「スーッ」と静かに進む。 手に伝わる振動も少ない。
第6章:でも、この「風」は本物だ
「でも……」 私は呟いた。 悔しいけれど、認めざるを得ない。 「めちゃくちゃ快適じゃん……」
シートは透け透けのメッシュ。 ファンなんて回さなくても、風が通り抜けていくのがわかる。 息子は背中をサラサラにさせたまま、気持ちよさそうに眠っている。 私も、重い荷物から解放され、汗ひとつかかずに歩いている。
「張り合って、馬鹿みたい」 私は自嘲気味に笑った。 20万円の「見栄」を捨てて手に入れたのは、6万円の「実利」と、心の平穏だった。 マリエに勝つことなんてどうでもいい。 この涼しい風と、息子の笑顔。 それさえあれば、私が押しているのが国産だろうが何だろうが、今の私は誰よりも「ととのっている」。
私はランフィのハンドルを軽く握り直し、今度こそ本当に涼しい顔で、恵比寿の坂を登っていった。
【本日の生存戦略物資】
Pigeon(ピジョン) Runfee(ランフィ) RB5
① 総評(Verdict): 「見栄」という熱病から覚めた後の、特効薬。 SNSのキラキラした虚像に疲れたママたちが、最終的にたどり着く「現実解」。海外製の重厚感はないが、日本の過酷な環境(湿気・段差・狭さ)を生き抜くための機能が凝縮されている。「負けた」と思って使い始めると、そのあまりの快適さに「勝った」と錯覚するほどの逆転劇が待っている。
② 機能的勝因(Hidden Spec): 「シングルタイヤの静寂性」。 元・海外製ユーザーが最も恐れる「国産の安っぽいガラガラ音」。ランフィはシングルタイヤとボールベアリングでそれを解消している。静かに、滑らかに。この走行フィールがあれば、プライドの高いママでも「これなら許せる」と納得できる。
③ 所有の美学(Pride): 「賢者の選択」。 「高いものを買うのが正義」ではなく、「環境に合ったものを選ぶのが知性」だと気づいた人のベビーカー。あえてスペック重視でこれを選ぶ姿勢は、一周回って大人の余裕を感じさせる。


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