第1章:私は「無敵」の戦車に乗っている
六本木、東京ミッドタウン。 芝生広場の緑と、ガラス張りのビルのコントラスト。ここが私のランウェイだ。 外資系企業の広報として働く私は、「見られること」が仕事の一部みたいなもの。 だから、ベビーカー選びにも一切の妥協はしなかった。
私が押しているのは、オランダの最高峰**「Bugaboo Fox 5(バガブー フォックス5)」**。 価格は約17万円。 ベビーカー界のレンジローバーとも呼ばれる、圧倒的な走行性と巨体を誇る一台だ。 大きなタイヤは、ミッドタウンの石畳などものともしない。 ハイシートで子供の視界も良く、何よりその重厚なシルエットは、私のステータスを無言で語ってくれる。
「玲奈さんのベビーカー、やっぱりカッコいいですね」 ママ友に言われるたび、優越感に浸る。 自動ドアは広く開き、エレベーターも優先される。 この六本木という「整備された王国」にいる限り、私のフォックスは無敵の戦車だった。 ……そう、あの日までは。
第2章:年末の「予約サイト」という戦場
12月中旬。 夫の実家である神戸への帰省準備を始めた時のことだ。 「そろそろ新幹線のチケット取らないとね」 軽い気持ちで「EX予約」のアプリを開いた私は、血の気が引くのを感じた。
「×」「×」「×」…… 年末年始の下り列車。 私が狙っていた**「特大荷物スペース付座席」**が、すべて埋まっているのだ。
「嘘でしょ……?」 2020年から始まったこのルール。 3辺の合計が160cmを超える荷物(=私のフォックス5のような大型ベビーカー)を持ち込む場合、この専用座席を予約しなければならない。 予約なしで持ち込むと、手数料を取られる上に、指定された狭いスペースに置くことになる。 だが、そのスペースは既に争奪戦に負けた人たちで溢れかえっているだろう。
「普通席じゃダメなの?」と夫が呑気に聞く。 「ダメに決まってるでしょ! フォックスは畳んでも巨大なのよ。足元になんて絶対に入らないし、デッキに置いたら誰かがずっと立って監視しなきゃいけないのよ!」 新幹線のデッキで、高級ベビーカーを守りながら2時間半立ち尽くす? そんな「惨め」な帰省、プライドが許さない。
第3章:王国の外は「狭さ」が支配している
私は焦った。 六本木では無敵だったこの巨体が、一歩外に出た瞬間、ただの**「巨大な障害物」**に変わってしまったのだ。 タクシーならジャパンタクシー(ワゴン型)を呼べばいい。 でも、新幹線という公共インフラの前では、私の「富」も「ステータス」も無力だった。 日本のインフラは、欧州生まれのキングサイズを受け入れてはくれない。
「どうする? ベビーカー送る?」 「宅配便だと数日使えなくなるじゃない」 「じゃあ向こうでレンタルする?」 「知らないメーカーのボロボロのやつなんて嫌よ」
八方塞がりだ。 今のままでは、私は「移動」すらできない。 自分のライフスタイルが、実はこの狭い「六本木エリア」だけでしか成立しない、脆いものであることを突きつけられた気がした。
第4章:フランスからの「小さな刺客」
藁にもすがる思いで、私は伊勢丹のベビーカー売り場へ走った。 「新幹線の棚に乗るやつ。とにかく小さいやつをください」 なりふり構わず店員さんに相談する。 そこで紹介されたのが、フランス生まれの**「Stokke YOYO3(ストッケ ヨーヨー3)」**だった。
見た瞬間、正直「おもちゃ?」と思った。 私のフォックスに比べると、華奢で、頼りなく見える。 タイヤも小さい。 「こちら、世界で初めて『機内持ち込みサイズ』を実現したベビーカーの最新モデルです」
店員さんがパッと手を動かす。 「バシュッ、クルッ」 魔法のような手つきで、YOYOは一瞬にしてショルダーバッグのようなサイズになった。 「えっ……」 小さい。あまりにも小さい。 「これなら、新幹線の上の棚(オーバーヘッドビン)に入ります。特大荷物席の予約は不要です」
その言葉は、私にとって福音だった。 特大荷物席という「希少な椅子取りゲーム」に参加しなくていい。 自分の好きな時間の、好きな席(普通席でもグリーンでも)を予約して、頭の上にポイッと乗せればいい。 それは、移動における**「圧倒的な自由」**を意味していた。
第5章:頭上の「勝利」
帰省当日、東京駅。 ホームは帰省客でごった返している。 案の定、特大荷物席が取れなかった家族連れが、デッキのスペースを巡って殺気立っているのが見えた。 巨大なベビーカーを通路に置いてしまい、舌打ちされているパパもいる。
そんな阿鼻叫喚を横目に、私はYOYO3をサッと折りたたんだ。 ショルダーストラップを肩にかけ、優雅にグリーン車に乗り込む。 そして、ハンドバッグを置くような気軽さで、座席上の荷物棚にYOYOを収納した。
「……完璧ね」 夫が感嘆の声を漏らす。 足元は広々。子供は膝の上でおとなしくお菓子を食べている。 窓の外を流れる景色を見ながら、私はコーヒーを一口飲んだ。 あのデッキでの消耗戦とは無縁の、優雅な移動。 フォックスのような「物理的な強さ」はないけれど、YOYOには環境にしなやかに適応する**「知的な強さ」**があった。
第6章:2台持ちという「最強の布陣」
神戸に着いてからも、YOYOは優秀だった。 実家の狭い玄関にも置けるし、混雑した初詣の神社でも、畳んで肩にかけて移動できた。 「これならどこへでも行ける」 その万能感は、フォックスの時とはまた違う種類の自信を私にくれた。
東京に戻った私は、今でも基本はフォックス5を使っている。 六本木の石畳や公園散歩には、やはりあの走行性と安定感が欠かせないからだ。 だが、タクシー移動の日や、ちょっとした遠出の時は、迷わずYOYOを選ぶようになった。
「玲奈さん、それ新しいベビーカー?」 ママ友に聞かれ、私は余裕たっぷりに答える。 「ええ、これは移動用。TPOに合わせて使い分けるのが、スマートでしょ?」
1台で全てを賄おうとするから無理が出る。 今の私は、最強の重戦車(Fox)と、最速の機動力(YOYO)を持つ、真の無敵。 日本の狭いインフラを華麗にハックしてこそ、本当の「ミッドタウンの女王」なのだ。
【本日の生存戦略物資】
Stokke(ストッケ) YOYO3(ヨーヨー3) ※旧BABYZEN YOYOがStokkeブランドに統合され進化。
① 総評(Verdict): 「移動の自由」を買うためのチケット。走行性だけで言えば大型機には勝てないが、この「圧倒的なコンパクトさ」は、新幹線、飛行機、狭い店内といった日本のあらゆるボトルネックを無効化する。アクティブな富裕層が必ず2台目にこれを持つには理由がある。
② 機能的勝因(Hidden Spec): 「3つ折り構造とショルダーストラップ」。 一般的な折りたたみよりもさらに小さくなる3つ折り機構により、新幹線の荷物棚や飛行機の機内持ち込み(IATA基準)をクリア。そして標準装備のストラップで「肩にかけて運べる」ため、階段や人混みでの機動力が段違いに高い。YOYO3になり、ホイールや通気性が改良され、弱点だった走行性も向上している。
③ 所有の美学(Pride): 「パリジェンヌの合理性」。 華美な装飾はないが、無駄のない洗練されたデザインは、どんなファッションにも馴染む。高級車(Fox等)を持っている人が、あえて街乗り用にミニクーパー(YOYO)を乗り回すような、余裕のある使い分けこそが真のステータス。


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