第1章:ソラマチの屈辱
「えー、美咲ちゃんのベビーカー、めっちゃ軽そう! おもちゃみたいで可愛い〜」
押上、東京ソラマチのテラス席。 大学時代の友人(港区在住)が放ったその言葉は、明らかに褒め言葉ではなかった。 彼女の横には、黒光りするドイツ製の高級ベビーカーが鎮座している。剛性の塊のようなフレームは、確かに高級車の風格だ。
対して、私のベビーカーは**「Combi(コンビ) スゴカル Switch」**。 日本のメーカー、プラスチックのジョイント、パステルカラーの幌。 並べると、確かにチープに見えるかもしれない。「おもちゃみたい」という言葉が、元保育士の私の胸に棘のように刺さった。
「やっぱ今はサイベックス一択でしょ。走行性が全然違うもん」 友人はカプチーノを飲みながら、得意げに語る。 私は愛想笑いを浮かべながら、眠っている息子(生後2ヶ月)の様子を伺った。
私は知っている。 彼女たちが「剛性が高い」と崇めるその硬いフレームが、実は路面の衝撃をダイレクトに子供に伝えてしまうことがあると。 でも、26歳の私は言い返せなかった。 圧倒的な「ブランド力」と「流行」の前では、私の選択はただの「妥協して買った安いベビーカー」に見えるのだから。
第2章:未熟な脳を守る「卵」の実験
私がコンビを選んだ理由は、ただ一つ。 保育士時代に学んだ**「揺れ」の怖さ**だ。
生後まもない赤ちゃんの脳は、豆腐のように柔らかい。 わずかな振動でも、長時間続けばストレスになるし、最悪の場合は脳にダメージを与えることさえある。 「走行性がいい(親が押しやすい)」ことと、「乗り心地がいい(振動が来ない)」ことは、似て非なるものだ。
私は、アカチャンホンポの売り場のモニターで流れていた、あの有名な実証実験を思い出していた。 高い所から生卵を落としても、その薄いマットの上では割れることがない。 卵は跳ね返ることすらなく、まるで泥に落ちたかのように、静かに衝撃を吸収されていた。
「エッグショック」。 コンビが誇る、超・衝撃吸収素材。 それが、この「おもちゃみたい」なベビーカーの頭部クッションに埋め込まれている。
「見た目の高級感」なんてどうでもよかった。 私は、この柔らかな頭蓋骨の中に詰まった未来を、物理的に守りたかったのだ。 それは、何百人の赤ちゃんを抱っこしてきた私の、職業的良心(プロ意識)でもあった。
第3章:石畳で露呈した「硬さ」の弱点
ランチを終え、私たちはソラマチの広場へ出た。 ここには、おしゃれな演出として一部に**「石畳」や「タイルの継ぎ目」**がある。
「じゃあねー!」 友人が颯爽とドイツ製ベビーカーを押して歩き出す。 ガタ、ガタガタ、ゴト……。
硬いフレームと硬いタイヤは、地面の凹凸を正確に拾い上げた。 その振動はハンドルを持つ親の手には「しっかりした手応え」として伝わるかもしれない。 だが、座面を見ると、彼女の子供の頬がプルプルと小刻みに震えているのが見えた。 その子は不快そうに顔をしかめ、やがて「フギャー!」と泣き出した。
一方、私のスゴカル。 「3Dエッグショック座面」と、タイヤの振動を逃がす「振動吸収システム」。 そして何より、全体が柔らかくしなることで衝撃をいなす「ソフトサスペンション」。
ガタつく道でも、息子の頭は、まるで雲の上にいるように安定していた。 あの「おもちゃのような華奢さ」は、実は**「衝撃を逃がすためのあそび(柔軟性)」**だったのだ。 柳の木が台風で折れないように、コンビは揺れを吸収している。
第4章:これはベビーカーではない、シェルターだ
「あれ、泣いちゃった。抱っこしなきゃ」 友人は慌ててベビーカーから子供を下ろす。重たいベビーカーは、ただの荷物置き場と化した。
私は眠り続ける息子を乗せたまま、片手でスイスイとスゴカルを押す。 見た目は負けているかもしれない。 インスタ映えもしないかもしれない。 でも、このベビーカーの中だけは、外の世界の「ノイズ(衝撃)」から完全に遮断された**聖域(シェルター)**なのだ。
「美咲ちゃんの、全然起きないね。いいなぁ」 友人が羨ましそうに言った。
私は心の中でガッツポーズをした。 ざまあみろ、とは言わない。ただ、「守る」ということの本当の意味を、私は間違えていなかったと確信した。
押上の高い空の下。 スカイツリーよりも誇らしく、私はこの「プラスチックのシェルター」を押して帰路についた。
【本日の生存戦略物資】
Combi(コンビ) スゴカル Switch plus エッグショック
① 総評(Verdict): 「ダサい」「安っぽい」という外野の声など無視しろ。これはベビーカーの形をした「精密医療機器」だ。日本の道路事情と、日本人の赤ちゃんの繊細さを知り尽くした、ガラパゴス進化の頂点である。
② 機能的勝因(Function): 「エッグショック」。これに尽きる。3mの高さから卵を落としても割れない衝撃吸収素材が、赤ちゃんの頭を守る。さらに「ダブルタイヤ」と「シングルタイヤ」を切り替えられるスイッチ機能で、安定感と走行性を両立している点も見逃せない。
③ 所有の美学(Pride): ステータスは「ブランドロゴ」ではなく「子供の安眠」に宿る。他人の評価ではなく、我が子の脳を守っているという「親としてのプロ意識」こそが、この機体を持つ者のプライドだ。

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