【第3話】表参道の改札。「ドイツの剛性」よりも「日本の磁石」が、私のワンオペを救った話。

【STORY】ベビーカー小説

第1章:表参道B1出口。「バグ」は突然発生した

PM(プロジェクトマネージャー)という職業柄、私は「仕様」にうるさい。 アプリのUIも、家電のボタン配置も、そこに論理的な整合性がないとイライラしてしまう。

だからこそ、私は**「Cybex Priam(プリアム)」**を選んだはずだった。 ドイツの質実剛健なフレーム、一切の遊びがない走行性、そして洗練されたデザイン。 15万円という価格も、その「完璧な設計思想」への対価だと思えば納得できた。

しかし、その完璧なはずの設計が、私の日常において**致命的な「バグ」**を引き起こすとは、夢にも思っていなかった。

日曜日の表参道。 友人とのランチに向かうため、私は地下鉄の改札へ向かった。 B1出口のエレベーターを降り、改札機の前まで来たときだ。

「ガッ!」

鈍い音がして、プリアムが急停止した。 え? 何?

見ると、プリアムの後輪が、改札の幅にギリギリ引っかかっている。 「嘘でしょ……?」 ここは古い改札機しかない出口だった。一般的な自動改札の幅は55cm〜60cm。 対して、プリアムの車幅は60cm。 スペック上はギリギリ通れるはずだが、少しでも斜めに入るとアウトなのだ。

後ろから「チッ」という舌打ちが聞こえる。 私は慌ててプリアムをバックさせ、隣の「有人改札(車椅子用)」へ回ろうとした。 しかし、そこには外国人観光客の集団が駅員に質問攻めをしていて、当分通り抜けられそうにない。

「これ、設計ミスじゃないの……?」 私は額に汗を浮かべながら、完璧だと思っていた愛車を恨めしく見つめた。

第2章:カフェでの「工数」問題

なんとか改札を抜け、待ち合わせのカフェに到着した頃には、私のHPは半分以上削られていた。 だが、本当の地獄はここからだった。

「絵里、久しぶりー! 可愛いー!」 友人が駆け寄ってくる。私は笑顔を作りながら、息子(生後6ヶ月)をベビーカーから降ろそうとした。

プリアムのハーネス(ベルト)は、5点式だ。 肩、腰、股。それぞれのバックルをパズル合わせのように組み合わせ、カチャリと差し込む。 外すときはいい。問題は、乗せるときだ。

ランチを終え、ぐずる息子を再びベビーカーに乗せようとしたとき。 息子は海老反りになって抵抗する。 「ちょっと、待って……ああん、もう!」

暴れる息子の背中の下で、バラバラになった5本のベルトが迷子になる。 左手で息子を押さえつけ、右手でベルトの端を探り、それをまたパズルのように組み合わせる。 その間、息子はギャン泣きし、周囲の視線が突き刺さる。

「工数が……工数が多すぎる!」 脳内でアラートが鳴り響く。 この乗せ降ろしの作業、1回あたり約30秒。 1日5回乗せ降ろしするとして、2分半。年間で約15時間。 私はこの「ベルトを探して組み合わせる」という無駄な作業に、人生の貴重な時間を費やしているのだ。

ドイツの剛性は素晴らしい。でも、彼らは日本のワンオペ育児の現場を知らない。 「ユーザーの利用シーンを無視した高スペックなんて、ただの自己満足だ」 仕事で部下によく言うセリフが、そのまま自分にブーメランとして返ってきた。

第3章:メイド・イン・ジャパンの「UX」に出会う

その帰り道。 私は逃げ込むように、ベビー用品店へ入った。 もう、ブランドなんてどうでもいい。「このバグを修正できるパッチ(解決策)」が欲しかった。

店員に相談すると、ある一台のベビーカーを紹介された。 「Aprica(アップリカ) ラクーナ クッション」。 正直、デザインはプリアムに比べれば安っぽい。プラスチック感も否めない。

しかし、店員が実演したある機能を見た瞬間、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。

「こちらのベルト、マグネット式になっていまして……」

店員がバックルを近づけると、**「カチャッ」**と音を立てて、吸い付くように一瞬で装着されたのだ。 さらに、外したベルトは自動的に外側に跳ね上がり、お尻の下敷きにならないようになっている。

「イージーベルト……!」 それは魔法のようだった。 パズル合わせも、背中の下の捜索もいらない。 ただ近づけるだけで、完了する。

「これだ……これがUX(ユーザー体験)だ」 剛性? 走行性? そんなものは「走っている時」だけのスペックだ。 ワンオペ育児のリアルな苦痛は、**「乗せ降ろしのストレス」「改札が通れない恐怖」**にある。

アップリカの開発者は、間違いなく日本のママの行動観察(エスノグラフィ)を徹底的にやっている。 でなければ、こんな**「痒い所に手が届く」機能**は実装できない。

第4章:プリアムとの決別、そして最適化へ

翌日。私はプリアムをメルカリに出品した。 「ドイツ製の最高級ベビーカー」というタイトルで。 すぐに買い手がついた。おそらく、スペック表しか見ていない、過去の私のような人が買ったのだろう。

そして我が家に、**「ラクーナ クッション」**がやってきた。 車幅は45cm。表参道の古い改札も、何も考えずにスッと通り抜けられる。 乗せ降ろしは、磁石の力で0.5秒。 息子がどれだけ暴れても、一瞬で「カチャッ」とロックできる快感。

走行性は、確かにプリアムより劣るかもしれない。 段差でつまづくこともあるし、フレームも少しきしむ。 だが、「運用フロー」が劇的に改善されたことで、私のストレスはゼロになった。

私は悟った。 製品の良し悪しとは、スペックの高さではない。 **「ユーザーの抱える課題(ペイン)を、いかに解決しているか」**だ。

ドイツの剛性が解決するのは「石畳の揺れ」だ。 日本の磁石が解決するのは「ワンオペの焦り」だ。 東京で生きる私に必要なのは、間違いなく後者だったのだ。


【本日の生存戦略物資】

Aprica(アップリカ) ラクーナ クッション

① 総評(Verdict): スペック厨のPMママが最後にたどり着いた、「UX(顧客体験)」の最高傑作。カタログスペックには表れない「乗せ降ろしの秒数短縮」こそが、ワンオペ育児における最大の時短術である。

② 機能的勝因(Function): **「イージーベルト(マグネット式)」**が全て。近づけるだけで装着できるこの機能は、暴れる子供を片手で抑えながら操作する際に神ごとき力を発揮する。さらに車幅の狭さ、4輪フリー(真横スライド)機能など、日本の狭い都市環境に特化した「生存機能」が満載。

③ 所有の美学(Pride): 海外製のような「ドヤ感」はない。しかし、改札で詰まらず、子供が泣いても一瞬で抱き上げられるその「所作のスマートさ」こそが、現代のワーママの新しい美学となる。これは妥協ではない。「最適化」だ。


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