【第4話】押上のスカイツリー下。「ダサい」と笑われたベビーカーが、実は最強のシェルターだった件。

【STORY】ベビーカー小説

第1章:プラスチックの劣等感

「美咲のベビーカー、なんかおもちゃみたいだね」 地元の友人とのランチ会。スカイツリーの麓にあるカフェで、友人の何気ない一言が、私の心に深く突き刺さった。

彼女が押しているのは、オランダ製のバガブー。 太くて黒いマットなフレーム、大きなゴムタイヤ、洗練されたシルエット。 対して、私の愛車は日本の**「コンビ スゴカル」**。 白っぽいプラスチックのフレームに、少し頼りないほど細いタイヤ。 並べて置くと、まるで「重戦車」と「軽自動車」だ。 正直、見た目の高級感では完敗している。それは自分でもわかっていた。

「まあ、軽いしね。便利だよ」 私は愛想笑いで返す。 夫も買う時に言っていた。「今のベビーカーって、もっとおしゃれなのあるじゃん。これ、なんか安っぽくない?」と。 世の中は、海外製のスタイリッシュなベビーカーが主流だ。インスタを開けば、キラキラしたママたちが押しているのは決まってサイベックスかバガブー。 私が選んだこれは、時代遅れの「ダサい」選択だったのかもしれない。 帰り道、ガタガタと鳴るアスファルトの上で、私は少しだけ自分の選択を恥じた。

第2章:保育士だけが知っている「恐怖」

それでも、私がこれを選んだのには、誰にも譲れない理由があった。 それは、私が保育士として働いていた頃の記憶だ。

0歳児クラスの担当だった時、先輩に耳にタコができるほど言われた言葉がある。 「赤ちゃんの頭は、豆腐だと思いなさい」 生後まもない赤ちゃんの脳は、まだ頭蓋骨の中でプカプカと浮いている状態だ。 わずかな衝撃や、長時間続く微細な振動が、未発達な脳にどれほどのストレスを与えるか。 「揺さぶられっ子症候群」という言葉があるように、振動は赤ちゃんにとって「不快」ではなく「毒」なのだ。

私は職業柄、その怖さを骨の髄まで知っている。 だから、妊娠中から決めていた。 「見た目なんてどうでもいい。私が欲しいのは、ファッションアイテムではなく、この子の脳を守るヘルメットだ」

第3章:卵を落とす実験

アカチャンホンポの売り場でのことだ。 夫は海外製の三輪ベビーカーを見て「これカッコいい! 押しやすい!」と盛り上がっていた。 確かに、大きなタイヤは段差を軽々と乗り越える。親にとっては「快感」だろう。

でも、私は夫の手を引いてコンビの売り場へ向かった。 そこには、ある衝撃的なデモンストレーション映像が流れていた。 「エッグショック」。 コンビが独自開発した、超・衝撃吸収素材だ。 高さ3メートルから生卵を落とす。 普通なら粉々に砕け散るはずの卵が、その薄いマットの上に着地した瞬間、ピタッと止まったのだ。割れないどころか、跳ね返りもしない。 まるで泥の中に落ちたかのように、衝撃が完全に「無」になっていた。

「すごい……」 夫も息を呑んだ。 「ねえ、パパ。大人は段差の衝撃を『ガタン』と感じるだけかもしれない。でも、この子にとっては、それが脳を揺らす大地震なんだよ」 私が展示品のシートの頭部分を指差す。そこには、あの「エッグショック」が埋め込まれていた。 「俺たちが楽をするより、この子が安全な方を選ぼう」 夫は静かに頷いた。

第4章:下町の「ガタガタ道」という現実

押上周辺は、再開発された綺麗なエリアと、昔ながらの下町が混在している。 ある日、ママ友たちと隅田川沿いの公園へピクニックに向かった時のことだ。

工事中の区画があり、道は砂利や凸凹のアスファルトで荒れていた。 「うわ、最悪〜」 バガブーの友人が顔をしかめる。 剛性の高い海外製ベビーカーは、確かに押し心地はいいが、路面の凹凸をダイレクトに拾うこともある。車体が硬い分、振動が逃げないのだ。 「ギャアアア!」 振動に驚いたのか、友人の子供が火がついたように泣き出した。 一度泣き出すと、もう止まらない。友人は汗だくになって抱っこし、重いベビーカーを空で押す羽目になった。

「あーあ、大変そう……」 私は恐る恐る、自分のスゴカルの中を覗き込んだ。

第5章:シェルターの中の静寂

私の息子は、爆睡していた。 ガタガタ道を通っているはずなのに、眉ひとつ動かさず、規則正しい寝息を立てている。

「え、なんで起きないの?」 友人が驚いてこちらを見る。 私はハンドル越しに伝わる感触を確かめた。 タイヤにはサスペンションが入っているし、何よりシート全体がゆりかごのように振動を逃しているのがわかる。 そして頭の下には、あの「エッグショック」がある。

路面のガタつきは、私の手元までは伝わってくる。 でも、赤ちゃんの背中と頭には、届いていないのだ。 プラスチックのフレームが適度にしなり、柔らかいクッションが全てを包み込む。 それは頼りない「安っぽさ」ではなく、衝撃をいなすための**「計算された柔構造」**だったのだ。

この騒音と振動の中で、我が子だけが、静寂なシェルターの中で守られている。 その事実が、私に猛烈な優越感をもたらした。

第6章:ダサくて最高な相棒

「いいなー、コンビ。うちの子、ちょっとの揺れでも起きちゃうから」 さっきまで私のベビーカーを見下していた友人が、羨ましそうに言った。 その言葉を聞いた瞬間、胸のつかえが取れた。

帰り道、夕日に照らされたスカイツリーを見上げる。 ショーウィンドウに映る私のベビーカーは、やっぱり見た目は少し野暮ったいかもしれない。 でも、今の私には、それが何よりも頼もしく、美しく見えた。

「カッコいい」ベビーカーで、親がドヤ顔をして歩くこと。 「ダサい」ベビーカーだけど、子供が最高に快適であること。 親の愛として正しいのは、間違いなく後者だ。

私は、コンビのハンドルをギュッと握り直した。 この「おもちゃみたいなプラスチック」は、私の大事な宝物を守る、最強の装甲なのだ。 「よく寝てるね。いい夢見てね」 私は心の中で、かつての自分と、世間の「見た目至上主義」に対して、密かに勝利宣言をした。


【本日の生存戦略物資】

Combi(コンビ) スゴカル Switch plus エッグショック

① 総評(Verdict): 「ダサい」「安っぽい」という外野の声など無視しろ。これはベビーカーの形をした「精密医療機器」だ。日本の道路事情と、日本人の赤ちゃんの繊細さを知り尽くした、ガラパゴス進化の頂点である。

② 機能的勝因(Function): 「エッグショック」。これに尽きる。3mの高さから卵を落としても割れない衝撃吸収素材が、赤ちゃんの頭を守る。さらに「ダブルタイヤ」と「シングルタイヤ」を切り替えられるスイッチ機能で、安定感と走行性を両立している点も見逃せない。

③ 所有の美学(Pride): ステータスは「ブランドロゴ」ではなく「子供の安眠」に宿る。他人の評価ではなく、我が子の脳を守っているという「親としてのプロ意識」こそが、この機体を持つ者のプライドだ。


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