【第1話】勝どきの悲劇。タワマン夫に「そのデカい邪魔なやつ捨てろよ」と言われた妻の、華麗なる復讐。

【STORY】ベビーカー小説

第1章:勝どきという名の「陸の孤島」リゾート

師走の勝どき。 鉛色の空の下でも、この街のタワーマンション群だけは、まるで要塞のように圧倒的な存在感を放っている。 私は友人の新居祝いのため、その中の一つ「勝どきザ・タワー(仮名)」のエントランスに向かって歩いていた。

駅を出てすぐ、整備された広大な歩道を、一人のママ・彩香さん(仮名・30代前半)が歩いていた。 彼女の手元を見て、私は思わず「おっ」と声を漏らした。

「エアバギー ココプレミア EX フロムバース」。 極太のオフロードタイヤ、スクエアなキャノピー。 カラーは一番人気の「アースグレイ」。

彼女のファッションは、ベージュのワントーンコーデに、足元は歩きやすいが品のあるフラットシューズ。 その姿は、雑誌『VERY』から抜け出してきたような、「勝どきの幸せなママ」そのものだった。

「この街の広い道には、やっぱりエアバギーが似合うな」 40㎡の狭小マンションに住む私(三田在住)には、その「余白のある選択」が眩しく見えた。 彼女は、まるでこの街の勝者のように、優雅にバギーを押して自動ドアの向こうへと消えていった。

だが、私は知らなかった。 その優雅なルックスの裏で、彼女が**「毎日繰り返される拷問」**に耐えていることを。

第2章:1階ロビーを襲う「帰宅ラッシュ」の洗礼

友人宅へ向かうため、私が1階のオートロックを抜け、エレベーターホールに入った時のことだ。 偶然にも、先ほどの彼女と同じエレベーターを待つことになった。

夕方の時間帯。ホールは、仕事から帰ってきた疲れたサラリーマンや、保育園のお迎え帰りの親子、そしてスーパーの袋を下げた住人たちでごった返している。 彼女もその一人だった。バギーのフックには「ライフ」の買い物袋がズシリと提げられ、さっきまでの「優雅な散歩」の雰囲気は消え失せている。

「上へ参ります」 到着したエレベーターの扉が開く。

中はすでに、地下駐車場から乗ってきた住人で定員ギリギリだ。 私のような身軽な人間なら、「失礼します」と隙間に身体を滑り込ませることができる。

だが、彼女は違う。 全長96cm、横幅53.5cmの巨大なエアバギー。 それは、混雑した箱の中では「凶器」にも「障壁」にもなる。

『……あ、乗りますか?』 手前にいた住人の男性が、親切心でボタンを押してくれた。 だが、その目は笑っていない。 (おいおい、この混雑であのデカいので乗ってくるのかよ……) そんな心の声が、痛いほど伝わってくる。

第3章:「すみません」が響く密室と、挟まるタイヤ

「すみません、すみません……詰めていただけますか……」

彼女は蚊の鳴くような声で謝りながら、巨大な前輪を他の乗客の足元ギリギリにねじ込んだ。 タイヤが誰かのビジネスバッグに触れそうになるたび、彼女の背中がビクッと強張る。

「チッ」 誰かが小さく舌打ちをした気がした。 いや、気のせいかもしれない。だが、彼女の耳には雷鳴のように響いたはずだ。

その時だ。 センサーが反応しきれず、閉まりかけた扉がエアバギーの後輪に「ガツン!」と当たった。 バギーが大きく揺れ、寝ていた赤ちゃんが「フギャアア!」と泣き声を上げる。

密室に響き渡る泣き声。冷ややかな視線。 彼女は顔を真っ赤にして、ただひたすら下を向いていた。

さっきまでの「勝者の顔」はどこにもない。 そこにいたのは、見栄で選んだ巨大なスペックを持て余し、社会の迷惑にならないよう必死に縮こまる、一人の孤独な母親だった。

第4章:夫の残酷な正論。「じゃあ、3000円のやつ買えば?」

彼女と同じフロアで降りることになった。 逃げるようにエレベーターを出た彼女を待っていたのは、さらなる地獄だった。

廊下の向こうから、ちょうどゴミ出しに出てきた夫らしき男性が現れた。 彼は、彼女の顔を見るなり、開口一番こう言ったのだ。

「おかえり。……てかさ、やっぱそれ邪魔だよな」

彼は、玄関に入ろうとするエアバギーが、自分のゴルフバッグや革靴を置くスペースを圧迫していることを常々不満に思っているようだった。 泥のついたタイヤを拭き、狭いタタキにパズルのようにバギーを押し込む彼女に、彼はスマホを見せながら追い打ちをかける。

「ほら、Amazonでこういうの売ってるじゃん。3,000円くらいの『アンブレラストローラー』。ペラペラのやつ。これなら棒みたいになるし、買い換えたら?」

その瞬間、彼女の動きが止まった。 私には見えた。彼女の肩が怒りで震えているのが。

(ふざけないでよ……!)

彼女の心の叫びが聞こえるようだ。 ―― 私はタワマンに住んでるのよ? ―― 周りのママ友はみんな、サイベックスやバガブーを使ってるの。 ―― なのに、私だけペラペラの安物のバギーを押せって言うの? ―― 「生活に負けてランクを落とした」って笑われるのは私なのよ!

「機能(小ささ)」は喉から手が出るほど欲しい。 でも、夫が勧めるような「安物」に逃げることだけは、私のプライドが許さない。 そして何より、私が選んだエアバギーを「失敗」と認めたくない。

板挟みになった彼女は、何も言い返せず、悔し涙を堪えるように唇を噛んで玄関ドアを閉めた。

第5章:2週間後の再会。彼女が見せた「ドヤ顔」

それから2週間後。 私は再び、別の用事でそのタワマンを訪れていた。

エレベーターホールで、信じられない光景を目にした。 あの彩香さんだ。 だが、彼女の手にあるのは、あの巨大なエアバギーでも、夫が勧めたペラペラの安物でもなかった。

漆黒のフレームに、高級感あふれるマットなファブリック。 オランダの**「Bugaboo Butterfly 2(バガブー バタフライ2)」**だ。

エレベーターが到着する。中はまたしても帰宅ラッシュで混雑していた。 以前の彼女なら、諦めて見送っていただろう。 だが、今日の彼女は違った。

彼女は、エレベーターの扉が開く直前、私の視線に気づくと、ニヤリと口角を上げた。 そして、片手でハンドルを握り、親指でボタンを押し込んだ。

「シュパッ……カシャン!」

わずか1秒。嘘のような速さだった。 巨大な要塞に見えたベビーカーが、重力に従って一瞬にして折り畳まれ、私のビジネスバッグよりも薄いサイズに変形したのだ。 しかも、地面に置いても倒れない。美しく「自立」している。

そのあまりの鮮やかさに、中に乗っていたサラリーマンたちが「おっ?」と目を丸くしている。 彼女は畳んだバタフライを片手でサッと持ち上げ(その肩には『これくらい余裕よ』という力が漲っていた)、スマートに隙間へ乗り込んだ。

「すみません」の言葉も、以前のような悲壮感はない。 「どう? 迷惑かけてないでしょ?」 そう言わんばかりの、涼しい顔だ。

第6章:生存戦略の勝利(ざまあみろ)

私は心の中で拍手を送った。 彼女は見事にやってのけたのだ。

あの夜、夫に「安物にしろ」と言われた屈辱。 それを、**「エアバギー以上のブランド力」「安物バギー以上の収納性」**を兼ね備えた最強のギアで黙らせたのだ。

これなら、玄関に置いてもパパの靴を邪魔しない。 むしろ、その洗練された佇まいは、玄関のインテリアを格上げするだろう。 夫もぐうの音も出ないはずだ。

彼女は、ただベビーカーを買い替えただけではない。 タワマンという戦場で、「母親としての尊厳」と「自由な移動」を勝ち取ったのだ。

エレベーターの扉が閉まる瞬間、彼女がふと見せた晴れやかな表情。 それは、かつてのエレベーターでの惨めな自分に対する、最高の**「ざまあみろ(勝利宣言)」**だった。


【本日の生存戦略物資】

Bugaboo Butterfly 2(バガブー バタフライ2)

  • ① 総評(Verdict): タワマンという「見栄と現実の狭間」を生き抜くための最終兵器。夫の「邪魔だ、捨てろ」という暴論と、妻の「安物は嫌、オシャレじゃなきゃ無理」というワガママ。その両方をねじ伏せる、唯一の解決策。
  • ② 機能的勝因(Function): 驚異の「1秒フォールド」。畳むアクション自体がエンターテインメントになるほど速く、美しい。玄関、タクシー、満員電車。あらゆる「狭所」が、障害物から収納スペースへと変わる。
  • ③ 所有の美学(Pride): 「小さくした」という妥協を微塵も感じさせない、王者の風格。タワマンのホテルライクな内廊下で、エアバギーのママ友とすれ違っても引け目を感じない。むしろ「私、最適化しましたけど?」とマウントすら取れる圧倒的なブランド力。

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