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【第16話】銀座並木通り。ハイブランドのドアマンに開けてもらうのに、安っぽいバギーでは足がすくむ。

2026 7/15
【STORY】ベビーカー小説 未分類
2026年7月15日

銀座並木通りのブティック。ガラス扉を開けてくれるドアマンの前で、加奈子は自分の足が一瞬すくむのを感じた。理由は明白だ。手元の、量販店で買った黒い格安バギーである。

第1章:ドアマンの視線

加奈子、35歳。銀座のクラブでホステスとして働いている。夜の銀座で「見られる」ことを生業にしてきた彼女にとって、身につけるもの、持ち歩くものの格は、そのまま自分の格として値踏みされる。それが染みついている。

昼間、1歳の娘を連れて並木通りのブティックへ向かうときも、その意識は消えない。娘を乗せているのは、妊娠中に「とりあえず」で買った量販店のB型バギー。5,000円もしなかった。軽いし、畳めるし、機能に不満はない。ただ、この街には、決定的に馴染まない。

ドアマンがうやうやしく扉を開ける。その洗練された所作の前で、キイキイと安っぽい音を立てる自分のバギーが、ひどく場違いに思えた。娘のためではない。完全に、加奈子自身のプライドの問題だった。

第2章:銀座の「制服」への違和感

買い替えを決めて、まず候補に浮かんだのはサイベックスのミオスだった。銀座で、丸の内で、すれ違うママたちの多くが押している。ローズゴールドのフレームは、たしかにこの街に馴染む。「これを選んでおけば間違いない」という安心感がある。

だが、店頭でミオスを試したとき、加奈子は少しだけ引っかかった。重い。10.2kg。抱き上げてタクシーに積むには、夜の仕事で疲れた腕にはこたえる。そして何より、あまりにも多くの人が持っている。夜の世界で「人と同じ」であることを嫌ってきた彼女の職業的な本能が、静かに抵抗した。

ミオスは「銀座の制服」だ。着ておけば安心だが、それ以上ではない。加奈子が欲しいのは、制服ではなかった。

第3章:ヌナという答え

店員に「ミオスより軽くて、もう少し人と被らないもの」と伝えると、案内されたのがヌナのイクサ スイブだった。オランダのブランド。名前も知らなかった。

実物を見て、加奈子の目が留まった。装飾を削ぎ落とした、ミニマルなフォルム。レザー調のハンドル。派手さはないが、素材の質感で語るタイプの美しさだ。ミオスの華やかさとは違う、もっと知的で、落ち着いた佇まい。重量は7.5kg。ミオスより2.7kg軽い。この差は、腕にとっては小さくない。

「これは、わかる人にはわかる、というやつだな」。加奈子は直感した。夜の仕事で培った、人を値踏みする目。その目が、この一台を「本物」だと判断した。

第4章:TPOという投資

定価113,300円。格安バギーの20倍以上だ。夫は「ベビーカーにその値段?」と眉をひそめた。だが加奈子にとって、これは浪費ではなかった。

彼女は夜、何十万円もするドレスやバッグに投資してきた。それは見栄ではなく、この街で戦うための装備だった。ベビーカーも同じだ。銀座を、丸の内を、娘と歩くための装備。TPOに合った一台を持つことは、この街に属していいという、自分への許可証のようなものだった。

実質月額に換算すれば1,703円。リセール率も45%と悪くない。三年後に手放すときも、状態さえ保っておけば、それなりの額で次の誰かに渡せる。安物を買っては捨てを繰り返すより、よほど筋が通っている。加奈子はそう計算した。

第5章:開かれた扉

イクサ スイブが届いて最初の週末、加奈子は再び並木通りのブティックへ向かった。ドアマンが扉を開ける。その所作の前で、今度は足がすくまなかった。ミニマルなフレームは、洗練されたガラス張りの店構えに、静かに調和していた。

店内で、他の客の視線がベビーカーに向くのを感じた。「あら、それどちらの?」という、以前とは真逆のまなざし。加奈子は内心で笑った。値踏みされる側から、値踏みさせる側に回った瞬間だった。

娘は、質感のいいシートの上で機嫌よく眠っている。加奈子はハンドルをそっと握り直した。この街に馴染むための装備。それは虚栄ではなく、彼女がこの場所で母親として胸を張るための、確かな一手だった。安っぽい音を立てるバギーで足がすくんだ日々は、もう終わりだ。

【本日の生存戦略物資】

Nuna(ヌナ) IXXA swiv(イクサ スイブ)

定価:¥113,300 メルカリ相場(美品):¥52,000 リセール率:45%(独自調査)
実質月額(3年):¥1,703 全幅:54.0cm(改札判定:CAUTION) 重量:7.5kg

① 総評(Verdict):「銀座の制服」であるミオスを、あえて外す選択肢。ミオスより2.7kg軽く、人と被らない。TPOで戦う人間のための、知的な一台だ。

② 機能的勝因(Hidden Spec):装飾を削ぎ落としたミニマルなデザインは、ハイブランド店の内装にすら調和する。素材の質感で語るタイプの美しさで、わかる人にだけ伝わる。

③ 所有の美学(Pride):これは虚栄ではなく装備だ。その街に属していいという自分への許可証。加奈子の投資は、母親として胸を張るための確かな一手である。

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