第一章:バーンレートと、夜泣き
深夜2時。0歳の夜泣きをあやしながら、俺はもう片方の手で、スプレッドシートを開いていた。
仕事では、1円のROI(投資対効果)にうるさい男で通っている。スタートアップの資金は、燃えるように減っていく。うちの家計も、正直、似たようなものだ。
なのに、だ。ベビーカーの検索画面を見た俺は、感情で、12万円をカートに入れかけていた。「できるパパは、いいベビーカーを押している」——そんな見栄が、俺の中にもあることを、認めたくなかった。
第二章:12万円のアンカー
惹かれていたのは、Bugaboo Dragonfly。12万円。
断っておくが、これは良い機体だ。片手でスッと押せる走行性、無駄のないデザイン、拡張性。五反田のスタートアップ界隈のパパが押していたら、間違いなく「わかってる」と思われる。事実、走らせてみた感触は、本物だった。
「これが正解だろ」。12万という数字が、俺の頭の中で、基準(アンカー)になっていた。
第三章:半額の刺客
その基準を、一台がひっくり返した。Pigeon ランフィ RB5。6万円台。
不思議なものだ。12万を見た後だと、6万が「激安」に見える。しかも、ただ安いだけじゃなかった。同じシングルタイヤ。国産で、日本の改札と段差を、最初から想定して作られている。
俺は、スプレッドシートに二列を並べた。感情を排して、数字で殴り合わせるために。
第四章:ROIは、状況で決まる
結論から言う。「どっちが優れているか」は、愚問だった。正しい問いは「今の俺の状況で、どっちがリターンを生むか」だ。
Dragonflyは、リセールが強い。手放す時に高く売れる。資本に余裕があって、数年後に売却まで見込めるパパには、あれが最適解だ。それは間違いない。
でも、うちのランウェイ(資金の持ち時間)で、今12万を抜くのは、重い。ランフィなら、初期費用は半分。浮いた6万は、そのまま家計の”手元資金”として残る。そして日本仕様の走行が、五反田の細い歩道と段差で、毎日確実に効く。
つまり——資本が潤沢なら12万のDragonflyが賢い。手元を守りたい今の俺には、6万のランフィが賢い。適材適所。どちらも、正解だ。
第五章:数字にできない一行
俺はランフィを”発注”した。ビジネスと同じ言葉を使ったのは、たぶん、照れ隠しだった。
届いた日、押してみて、想定外の”配当”に気づいた。シングルタイヤの走行音が、ほとんど鳴らない。五反田の駅前の段差を越えても、抱っこで寝落ちした0歳が、起きなかった。
タイヤの溝を指でなぞる。「この静けさは、この溝が生んでるのか。減ってきたら、替え時だな」。初めて、道具の寿命まで、考えた。
第六章:これは、浪費じゃない
その夜、妻が言った。「珍しいね、あなたが安い方を選ぶなんて」。
俺はドヤ顔で「ROIだよ、ROI」と返した。でも、本当のリターンは、スプレッドシートには載っていなかった。
段差で起きなくなった子どもの、途切れない眠り。浮いた6万で、少しだけ軽くなった、来月の家計。バーンレートを語っていた俺が、この寝顔の前では、ただ静かに、頷くしかなかった。
これは、浪費じゃない。いちばんリターンの高い、投資だった。
【本日の生存戦略物資】
ピジョン ランフィ RB5
定価:¥67,100 メルカリ相場(美品):¥15,000 リセール率:22%
実質月額(3年):¥1,447 全幅:51.6cm(改札判定:CAUTION) 重量:5.9kg
① 総評(Verdict): 高級機の半額で、日本の生活動線に最適化された国産シングルタイヤ。リセールは高くないが、初期費用の軽さと実利で「今の家計」を守る一台。
② 機能的勝因(Hidden Spec): シングルタイヤの走行音の静かさと段差の越えやすさ。抱っこで寝落ちした子を、駅前の段差で起こさない——数字に出ない配当。
③ 所有の美学(Pride): 「高い=正解」を、状況で覆せた日。安い方を選ぶのも、立派な投資判断だと知った。

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